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相手に裏切られたというい持ちを持つのはなぜ?

 

人間が抱く苦しみの大半の事というのは、「自らの欲望が思うようにならない事」から始まります。

 

誰かがあなたを馬鹿にした言葉をかけてきたとしたら、その相手がどうでもいい相手なら、さほど気にしたりはしないでしょう。しかしそれが、信頼のおける友人であったらどうでしょうか?豹変した相手を目の当たりにして酷く気分を害し、大きなショックも受けるでしょう。そしてそんな事が度重なってしまったら、心穏やかではいられなくなるに違いありません。

 

次第に相手に対し、「何様なんだ」とか「これだけ気にかけてやっていたのに」とか「ムカつく」など、敵意を感じるようになり、「あいつの事は絶対許さない」などという思いに囚われていきます。

 

このような思いを抱いてしまうのには理由があります。

 

 

「そうあるべきだ」という思いがあるから許せななくなる

 

誰でも相手に対し「許せない」という思いを抱く事がありますが、そもそもなぜ許せないと思うのでしょう。

 

それは自分の中にある「そうあるべきだ」という『信念』が、相手に否定されることによって、「絶対に許さない」という強い怒りの感情が湧くわけです。

 

「そうあるべきだ」というような考えを持つ根っこには、必ず「自分は常に正しい」という認識があります。逆に「自分が間違っているかもしれない」とか、「相手の方が正しいかもしれない」という考えはほとんどありません。

 

しかし「自分の思いに応えなくてはいけない」という決まりもなければ、自分が正しいという評価を誰かがするわけでもありません。少し冷静に考えれば、このような考えが良い事でない事は解るはずです。

 

立場の逆転で見ると真実が見える

 

自分の信念が間違っているかというのは、自分では気づきずらいものですが、これが立場が逆転すると、案外見えてきたりします。

 

これはどういう範囲の人間関係で自分を捉えるかによって変わりますし、その人間関係の視点で評価するかによっても大きく変化します。

 

何が言いたいのかといいますと、あなたが考えている「思い」は、他者から見ると、とんでもない考え違いである事は、往々にしてあるという事です。

 

 

なぜ考え違いをしてしまうのか

 

なぜ考え違いをするのかというと、「自分は正しいのだから、自分が思っているようにならなければいけない」と考えてしまっている事が原因であり、それはあなたの「信念」であり、自我そのものなんです。

 

自分にとって、その「自我が維持される状態が最も快適と感じる」わけですから、人間はその状態を維持していこうとして、考え違いが考え違いである事に、中々気づけなくなります。

 

辛い経験、悲しい経験でも当てはまる

考え違いは辛い経験をした人にも当てはまります。何かの辛い経験をした時「私だけがなぜこんな目に・・・」とか、「悪い事なんてしていないのに」などと思う事があると思います。

 

しかし何か辛い目に遭う事と、自分が正しく生きてきたか悪事を働いてきたかは、全くの無関係です。厳しい言い方かもしれませんが、「普通に生きてきたのに、なぜこんな目に」と考える事自体、実はナンセンスです。

 

でも人間というのは、「なぜ、私なのか」と嘆きます。嘆くだけならまだ良いのですが、度が過ぎると人生を狂わせるほどの悪い状況を招きます。

 

自我が強いと自らストレスを作る事になる

 

間違った信念というのは周囲に対しても悪影響を与えますが、自分にも悪影響を与え、自らの力で立ち上がろうとする事への邪魔となってしまいます。

 

自分が正しいという事には、ほとんどの場合で何の根拠もありません。多くの場合で、自我が強いための間違った信念に変わってしまっているんです。

 

自我は生きる上で大事な部分ですが、強すぎてしまうと自分自身でストレスを作り上げてしまう原因にもなります。ですから「こうじゃないといけない」というような思考は、少しずつでも変えていく方が楽に生きていけるでしょう。

 


 

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