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心が疲れたら休むという勇気も必要なこと

 

身体が疲れた時だけでなく、心が疲れてしまった時にも、適度に休むのはとっても大切な事です。しかし多くの人は疲れていても、自分から進んで休もうとはしません。なぜ休もうとしないのでしょうか?

 

それは「誰にだって辛い時がある。でもそこで頑張ってこそ自分の力になる」という言葉に、小さいころから縛られているからです。日本では昔からよく言われている言葉であり、誰もが親や教師から言われたことがあるでしょう。

 

この言葉はいわゆる「根性論」です。意味は決して悪い事ではなく、確かに辛くても頑張る事で得られるものもあります。しかし無理をし過ぎれば、大きな失敗や事故を招くこともあります。何でもかんでも、根性だけで乗り越えられるわけではないのです。

 

 

休む事は悪い事ではない

 

しかし私たちは昔からこの言葉を刷り込まれてきており、そしていつの間にか「休む事は悪い事」という意識に変化しています。

 

「休む事で他の人に迷惑をかけてしまう」「怠けているとみられるのではないか」など、休む事に罪悪感を感じるため、自分自身に言い聞かせて無理をしている事もよくあると思います。

 

実際に辛くて上司に相談をすると、このような言葉が返ってくる事が多く、また「休む事は自分を甘やかしているからだ」というような事も、言われることが多いようです。これでは本当に辛くて休みたくても休めません。

 

日本ではこのように「休みを取るのが難しい環境」になっているため、休みたくても休めずに無理を重ねて、病気になるという負の流れから、中々脱却できていません。休む事は悪い事ではありません。本当に辛い時には休むべきなんです。

 

自分の弱さを受け入れる勇気も必要

 

人間は精神的に元気な時は、「自分がやってきた成果を認める事」も、また「自分にだってできない事もある」という割り切った考え方もスムーズにできるのですが、精神的に疲れてくると「できていた自分」が見えなくなり、「できなかった自分」ばかりが目について、やがて自信を無くし「自分は何もできない」と思い込むようになります。

 

しかしそんな疲れてしまっている時に限って、「自分はまだできる、まだ大丈夫」という考えにこだわるようにもなります。自分にも弱点や限界があるという、当たり前の事が受け入れられ無くなってくるんです。

 

そんな思考状態の時に、誰かに「休んだ方がいい」と言われると、自分は「頑張れない弱い人間だ」と決めつけられたように感じてしまいます。そしてそんな事は無いと躍起になってしまうのですが・・・・。

 

このような状態は、特にプライドが高い人や自信家の人ほど顕著に現れるのですが、その時に守ろうとしているのは、仕事でも周囲の事でもなく結局は、自分の中の心のイメージだけなんです。

 

辛くても頑張る事は確かに大事な事でもありますが、心が疲れた時に自分の弱さを受け入れる勇気も大切です。

 

 

自身の身体面の変化に注意する

 

ストレスが溜まっているとか、心が疲れているとかというのは、目に見えるわけでもなく普段中々気づきにくい事です。逆に気づくくらいになると、かなり重症化している場合があります。

 

重症化してしまう前に自分が疲れているのか、ストレスが溜まっているのかなどを気づき、休めるようにしたいものですが、一つの方法として日常的に自身の身体面の変化を注意深く見てみるとよいでしょう。なぜなら精神面の不調は、体調の乱れとして表れる事がよくあるからです。

 

特に食事と睡眠の変化は顕著に現れ、食欲不振や逆に食べ過ぎてしまう、寝つきが悪い、眠りが浅い、深夜や早朝に何度も目覚める、休日に寝すぎるなどが日常的に多い場合、ストレスが溜まって心が疲れている事が考えられます。

 

また毎日、何ともいえない倦怠感や疲れがある、原因不明の体調不良などが続く場合は、心の疲労の重症化のサインです。これらの症状を感じた場合は、とにかくペースダウンをするか休養が必要です。

 

無理をしていても得られない事もある

 

心が疲れている時こそ、自分の気持ちに素直になる事は大事です。実際、心が辛い時に頑張っている事に対して、満足感や気持ちのハリを感じているでしょうか?
ほとんどは辛いとか苦しいとかが強く、義務感や重荷のような思いが大きく上回っていると思います。

 

苦しくても何となく希望が見えている場合には、頑張る事も必要ですが、ただただ辛いだけの気持ちしかない場合、得られるものはありません。休みを中々摂るのが難しいこの社会ではありますが、心のケアを最優先して休む勇気も必要です。

 

ストレスが溜まっているとか、心が疲弊しているとかというのは、自分自身でも気づかない事もよくあり、他人が安易にとやかく言えるものではありません。

 

社会で生きていく以上、誰でも心が疲れてしまう事はあります。その時に優しく手を差し伸べられる、また差し伸べられた手を素直に掴む事が出来る、心を持っていたいですね。

 


 

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