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白と黒だけでは生きづらく、曖昧さが必要

 

大人になるというのは、どういうことなのでしょう。大人になる上で重要なのは認知であり、認知は「ものごとの受け止め方」や「理解の仕方」という事です。

 

一昔前まで大人になるという事は、年齢にふさわしい知的発達(知識が多く理解力が高い)があれば、それで十分に認められてきました。しかし最近は知的発達だけでは、認知的成熟度は測れないという考えが強まっています。なぜなら認知には「感情」や「考え方のクセ」が加わっており、それによって認知的成熟度が変わってくるからです。

 

例えば、「知識も経験も豊富で、仕事もできる人」でも、すぐカッとなったり、不機嫌さを隠さなかったり、思い込みが激しく自分の考えを押し付けたりするような人は、常に感情的で状況に応じた柔軟な対応に乏しいため、周囲からは大人げなく見え、幼稚な人と思われている事もあります。これでは認知的に成熟しているとは言えません。

 

一方で「知識も経験も普通で、仕事もそこそこな人」でも、状況に応じて柔軟な判断ができたり、相手や周囲とも穏やかなやり取りができる人は、感情的ではなく常に冷静沈着なので、認知的成熟度は高いのです。

 

 

曖昧さ耐性の重要性

 

未成熟な人ほど、白黒をハッキリとつけたがる傾向があります。

 

心理学には「曖昧さ耐性」という言葉があります。これはその名の通り、曖昧さにどれだけ耐えられるかという意味であり、この曖昧さ耐性の高低は、認知的成熟度の大きな指標となります。

 

子供と大人の思考の違いに、何でも「加減」というのが解る事です。例えば好きな食べ物でも、「これぐらいで十分だな」とやめられるのが大人であり、お腹が痛くなるまで食べ続けるのが子供です。子供のうちは加減というのが解らないので、ある程度ハッキリと白黒をつけて教える必要があります。特に危険と思えるようなものなら尚更のことです。

 

しかし段々成長して、認知的にも成熟していくと、世の中のモノゴトは白黒だけではなく、「中間もあるもの」というのが分かってきます。

 

この「中間」も先ほどのこれくらいという「加減さ」も、どちらも曖昧な部分です。認知成熟度の低い人というのは、成長する過程において「曖昧さ耐性」が身に付かなかった為に、この曖昧さに耐えられないのです。ですからどうしても白黒をはっきりさせないと、気が済まないのです。

 

「○○でなければいけない」は感情を悪化させる

 

「○○でなければいけない」や「○○すべきだ」というような、決めつけるような考え方は、曖昧さ耐性はなく感情を不安定にさせ悪化させていきます。

 

このような思考をしがちな人は、神経質であったり生真面目な性格の人である事が多く、何事に対しても「完璧でなければいけない」という事を求める傾向がある為、その事で周囲の人達や自分自身をも苦しめてしまう時があります。

 

特に仕事などでのパートナーがミスをしたりすると、「何もかも台無しだ!」と怒りをあらわにし感情的となります。

 

完璧を目標として求める事は、少しも間違いではありませんが、「完璧でなければいけない」ではなく、「完璧だといいな」くらいに思っている方が、ストレスもたまらず自然であり、何事にも上手くいきやすいものなのです。

 

 

グレーゾーンの幅を広げていく

 

白黒だけの判断から、中間の判断(グレーゾーン)も出来るようになったといっても、それだけではまだ「曖昧さ耐性」がついたとは言えません。

 

なぜならグレーゾーンというのは、とても幅が広いからです。曖昧さ耐性が低い人は、限りなく白に近いグレーは白、限りなく黒に近いグレーは黒という風に、決めつけてしまう傾向があります。

 

これを例えば人に置き換えてしまうと、「あいつは怪しい」と思ってしまった時点で、その疑惑はどんどん膨らみ、いつの間にか「きっとあいつだ」になってしまいます。これではグレーゾーンの幅はどんどん狭くなっていき、思い込みが加速して、やがてグレーの部分はなくなってしまいます。

 

このような事になってしまわないためには、決めつけるのではなく「かもしれない」で程度でとどめておく事です。そして「まぁいいか」と切り上げていく。

 

曖昧さ耐性がない人にとっては、これがとても難しいのですが、曖昧さ耐性を身に付ける事は感情のコントロールにつながります。

 

曖昧さ耐性がつけば人生は楽になる

 

「曖昧さ」というのは、一般的にはあまり良い受け止め方をされません。「あいつはいつも曖昧な態度だ」「あの人はいつも曖昧な返事でごまかす」といったように、計算高さやずる賢さを感じさせるからです。実際、あいまいな態度をとり続ければ、「煮え切らないヤツ」と思われてしまいます。

 

けれども自分の認知力として、曖昧さは必要なものです。世の中のモノゴトは、何でも白黒でつける事は出来ず、人間関係においても然りです。

 

自分の中に曖昧さな部分がある事で、「感情的にならない」「ストレスを溜めない」という大きな利点があります。ですから普段から、「まぁいいか」という気持ちを作っていきましょう。

 


 

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