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怒りは「困った状況」を知らせる感情

 

怒りとは、激しく気が荒立ち腹を立てる、または怒る。力んだ荒々しい形状が現れ荒れ狂う・・・などの意味があります。怒りという感情の本来の役割は、「何かが上手くいっていない」という事を、私たちに知らせている事であり、「本来あるべき状態との不愉快なズレがある」時に出るサインとも言えます。

 

例えば、「親切にしてあげたのに、素知らぬ顔をされて腹が立った」という事がありますが、これは「お礼の一言があってもいいのに」という、本来あるべき状態がないため、多くの人は怒るわけです。

 

このように「不愉快なズレ」であったり、「何かが上手くいっていない」という事は、言い方を変えると困っているという事です。つまり「怒っている」は「困っている」という事であり、怒りは困った状況を知らせる感情であるのです。怒っている時の自分自身を思い出してみてください。

 

 

直接的な被害を受けていなくても見て腹がたつのは?

たとえば、並んでいる列に割り込んだ人がいるとします。この時自分は並んでいないので、被害を受けたわけではありませんが、見て腹が立ったという事はあると思います。自分が直接被害を受けているわけではないのだから、「困っている」は当てはまらないと感じるかもしれません。

 

しかし怒りを感じたあなたは、普段から「社会の中ではマナーを守るのは当然だ」と思っているのであれば、その「当然」をかき乱す人がいると困るわけです。ですからこのような場合は、間接的に「困っている」という事になるのです。

 

怒りとは「何かが上手くいっていない」「困っている」という事の現われですから、この2つに対する対処(相手に働きかける、状況を変える、自分側の捉え方を変える)などを取る事が、怒りの正しい対処法となります。

 

怒りが強すぎる場合は身体にアプローチ

 

何かで激しい怒りを感じて、その事をいつまでも考えていると、「頭に血が上る」状態となり冷静ではいられません。まずは思考ができる程度に感情を鎮める必要があります。

 

その為には「外に出る、走る、早足で歩く、踊る、大声で歌う、深呼吸する」など、身体全部を使って怒りエネルギーを引き受ける事で、若干のストレス解消になります。または、いったん怒りから離れてみる事も有効です。例えば大笑いできるようなDVDを見るなどすると良いです。

 

 

怒りは他人にぶつけても無意味

 

人は怒りを感じると、相手にぶつけたくなるものです。しかしそれは「怒りの正しい使い方」ではありません。

 

なぜなら人間は、怒りをぶつけられると、「攻撃された」と感じ、その攻撃に対して「反撃」「自己正当化」「逃避」などの反応を起こします。これらはいずれも、元々人間に備わっている「自己防衛のための反応」と言えます。

 

怒れば怒るほど解決できなくなる

 

「怒りをぶつけたとしても、反撃する人ばかりではなく、しっかりと反省し改善してくれる人もいる」と思うかもしれません。

 

確かに人によっては怒られても反撃しない人もいます。でもそれは、怒られたことを納得しているわけではなく、反撃をする事で、自分が更に酷い目に遭うのがイヤだからです(特に今まで傷ついてきた人は余計にそう思います)。

 

怒られた人は怒られたことに深く傷つき、「どうしよう、また私はやってしまった・・・」と自虐的に自分の事ばかりを考え、「怒られないように」という事を基準に行動してしまいます。これでは怒った側が期待する「心からの反省」や「困った状況の改善」などに、取り掛かっては貰えません。

 

ですから自分の「怒り」を解決しようと思ったら、人に感情をそのままぶつけるという、選択肢はないのです。

 

 

怒りが収まらない場合、「感情コントロール障害」かも・・・

 

他人から受けた重い心の傷(トラウマ)を抱えている人の多くに、「感情コントロール障害」というものが起こります。

 

症状は「とても激しい怒り」です。相手の事をメチャクチャにけなす、何でも相手のせいにする、怒鳴る・・・など、いわゆる「キレる」という形で現れます。中には暴力をふるう人もいます。

 

何がキッカケでこのような事が起こるのかというと、過去のトラウマに基づいて作られた地雷に触れられた時です。そしてその瞬間、「あいつは敵だ」と猛烈に作動するのです。

 

この怒りは常識的に見ても「妥当」なものではありません。「相手の事をこき下ろす」というのがまさにこれで、そこで発せられる罵詈雑言は極めてバランスを欠いたものです。

 

罪悪感を感じると悪化する

トラウマについて知らない人は、こうした自分の言動に対して、「私は怒っている」「私は怒りっぽい」と自覚しているだけの事が多く、罪悪感を持ってしまう場合もありますが、このような怒りはトラウマに触れた時に出る症状なので、罪悪感を感じる必要はありません。症状が出てしまった時に自分を責めるのではなく、受け入れて癒す事がまずは先決です。

 

よく「キレる人」には安心感を与えると被害は少なくなる

 

しょっちゅう「キレる人」というのは、こちらに非がなくても理不尽に怒ったりします。こんな人が身近にいるだけで非常に疲れますし、ムカつくし面倒ですよね。

 

でもこのような人に、たてついたところで状況は悪化するだけです。効果的に解決をするためには、「相手は困っているのだ」「助けてあげなくちゃ」というような視点で、見れるかがカギとなります。これができる人は、怒られたら「すみません」と言えます。しかしこの「すみません」は謝罪の言葉ではなく、相手を落ち着かせるための言葉であり安心感を与えます。

 

しょっちゅうキレる人というのは、よほど自信がない人、よほど情緒不安定な人、あるいは自分のやり方から外れた事をすると、たちまち不安になってしまう世間知らずな人なのかもしれません。

 

相手は「ムカつく人」ではなく、「不安が強い、気の毒な人」という風に認識転換していきましょう。このように思えるだけでも、自分が受けるストレスはかなり変わってくるのです。

 

 

「ケンカするほど仲が良い」は間違い!?

 

これは一部分は合っています。本音をさらけ出して、相手と繋がりを感じる事で、仲良くなれるのは本当です。しかしその形態が「ケンカ」である必要があるかというと、そうではありません。

 

むしろケンカの場合、物別れに終わってしまうリスクもあります。あるいはその過程で言われたひと言が、「一生許せないひと言」になってしまう可能性もあります。ですから「ケンカするほど仲が良い」というのは迷信であり、本来は「本音を打ち明けあった方が、仲良くなれる」という方が正しいです。

 

※ただし本音を打ち明ける時にも、「お前ムカつく」ではなく、「私は不安」「私は困っている」というように、怒りを変換していかないといけません。

 

「怒り」という感情は、絶対にポジティブに前に進んでいく事はありません。

 

怒ってしまっても人格攻撃は言ってはいけない

 

怒らないように努力をしていても、怒ってしまうことはあります。それは人間である以上、仕方のない事でもあります。

 

ですから実際に起こった事に関して、怒る事は構いません。しかし「相手への人格攻撃」だけは、絶対にしないようにしましょう。

 

人格攻撃は「存在そのもの」を直撃する性質を持っているため、言われた方は「許せない」という感覚が特に強くなります。人格攻撃をする事で、相手を傷つける事はもちろんですが、自分の身に危険が降りかかったり、自分の評判を下げてしまう事に繋がります。

 


 

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